埼玉県の民話「天井を歩く女」

夏ということで、怪談話を一つ。埼玉県の民話です。

 

天井を歩く女

むかしむかし、武蔵の国(現在の埼玉県)にある城がありました。

この城では夜になると五人の侍が毎晩見回りをして城中に泊まることになっていました。

ある夜のこと、五人の侍のうち一人が急病となり、その晩は四人で見回りをすませて一つの部屋で並んで寝ました。しばらくすると一番奥で寝ていた男が目を覚ましました。

(今夜は寝付けぬな)

その侍が、ふと廊下を見ると、廊下にある行灯の灯りがぼんやりと揺れています。もう一度眠ろうとすると、隣の男が目を覚まし、布団の上に胡坐をかきました。

(何をしているのだろう)

不思議に思いましたが、声をかけるのも面倒だし、他の人にも迷惑がかかると思い黙っていると、今度はその向こう側で寝ていた男も起き上がると、同じように布団の上で胡坐をかきました。二人は顔を見合していましたが、一言も言葉を交わしません。

(おかしいな。二人とも寝ぼけているのだろうか)

一番先に目を覚ました男は眠ったふりをしながらそう思いました。

やがて今度は一番向こうで寝ていた男も目を覚まし、二人と同じように布団の上で胡坐をかいたのです。しかし、三人とも顔を見合わせるばかりで一言も言葉を交わしません。

(どういうことだ?三人が三人とも知らぬ顔とは?)

自分は夢を見ているのだろうかと怪訝に思っていた彼もいつの間にか起き上がり、他の三人と同じように布団の上で胡坐をかいていました。

(何だ⁉何がどうなっているんだ⁉)

そう叫ぼうとしましたが、声が出ません。

(これは夢などではない!確かに自分は、起きている。恐らく他の三人も)

その時、廊下の行灯の灯りが激しく燃え上がると、一番先に目を覚ました男が立ち上がると、戸口まで歩き長廊下へ続く障子を開けて、そこへきちんと座りました。他の三人も起きた順番に立ち上がると、同じように戸口へ出て並んで座りました。

長廊下には行灯がいくつも置いてありました。行灯の灯りは風もないのに激しく揺れながら灯りを増しました。

すると、何処からか、

「さらさら、さらさら」

という不気味な音が聞こえてきました。それは着物が廊下をこする音のようでした。廊下には誰もいませんでしたが、音は廊下の突き当りからだんだん大きくなって聞こえてきました。

部屋の戸口に座っている四人の侍達は今度は同時にその音の方へ目を向けました。すると天井に白くて長い布が垂れ下がっているのが見えました。いえ、それは布ではなく白い着物を着た女の人で、廊下をゆっくりと歩いてくるのです。白い衣の女は一人ではなく、後ろに腰元(身分の高い女性の身の回りの世話をする人)らしき女を五人従えていました。

逆さまに天井を歩いてくる不思議な女の行列は、無言のうちに四人の男の頭上を通り過ぎ、やがて廊下を曲がっていきました。

翌朝、いつの間にか布団で寝ていた四人は一斉に目を覚ましました。四人とも無言で顔を見合わせると、恐る恐る言葉を交わしました。

「なあ、昨夜のあれ、覚えているか?」

「…ああ。夢かと思ったが、やはり現実だったのか?」

「分からぬが、四人が同時に同じ夢を見るはずがない」

「そうだな。…ところで、このことを殿に報告すべきだろうか?」

「ふむ…」

四人がそんな話し合いをしていると、城中が慌ただしくなり、こんな報告が四人のもとに届きました。

お城で城主の奥方が亡くなり、五人の腰元がお供してあの世へ旅立ったと。

        

         終

どうでしょう?涼しくなりましたか?

 

参考↓

天井を歩く女 埼玉県の民話 <福娘童話集 きょうの百物語>